永遠のセンターフィルダー

この文章は、はてなダイアリークラブはてなかしまし物語::石川梨華さんモーニング娘。卒業』内の企画で、「ダイアリーリレー」の一環として、綴ったものです。
このたびは、id:masasaさんより、バトンを受け取りました。
そうですね、このブログは「野球とハロプロの融合」が一つのテーマですので、野球に例えて、梨華ちゃんの5年間を振り返りたいと思います。





2000年4月、ドラフト1位でモーニング娘。に、内野手として入団。

現状態のバッティングは良くなかったですが、入団テスト(ビデオテープ)の時のバッティング。
スイングが一番強いかなぁ。バットスイング、一番よかったですね。
長距離砲のポジションに行きますよね。矢口とか後藤系のバッティングですから。
やっぱりバットスイングが際立っていましたね。
(入団当時のスカウトの評価)

入団当初から“フルスイング”が持ち味。未来の長距離砲として、期待がかかっていた。
同年5月に一軍昇格。まずは控え内野手として、石川のプロ生活はスタートした。
7月より、同期入団の加護亜依とともに、タンポポリーグ*1に参加。さらなるスキルの向上を図った。
9月には、左投手に対しての代打などで、出番も増え始めた。
しかし、ここで同期入団の他の選手が、浮上し始める。吉澤ひとみプッチモニリーグ、辻希美加護亜依ミニモニ。リーグで頭角を現し、一軍での試合出場を増やしていった。そんな中、石川にはなかなか出番が巡らず、ベンチをあたためる日々が続いた。
12月には、この年の最終戦でやっと初スタメンを果たすも、年間トータルでは不本意な成績に終わる。ほろ苦いルーキーイヤーとなった。

2000年成績:40試合出場、0本塁打、1打点、0盗塁、打率.091

2001年。
2月にはタンポポリーグで打撃が開花。スタメン出場の機会も増えていった。
4月。石川にとっての転機がおとずれる。「カントリー娘。でプレーしてみないか」というオファーが舞い込んだ。ここで石川は、外野手としての才能を見い出される。加入していきなり、自身初の「4番」を経験。センターという未知のポジションにも挑戦した。これがなかなか上手くいったらしく、石川は自分に自信をつけていった。
7月には、本体のモーニング娘。でも「4番・センター」として抜擢され、35試合連続安打という前人未到の記録を達成し、首位打者の座にも立った。
2001年はこのままこの調子で駆け抜けていき、2年目にして「首位打者」の栄光を手にしたのだ。

2001年成績:129試合出場、12本塁打、66打点、15盗塁、打率.389

2002年。この年から、正式に「外野手登録」となる。前年の「第5回ドラフト会議」で4名が入団、人数が増えたこともあり、ポジション・打順は転々としたものの、2年連続で規定打席数には到達した。

2002年成績:120試合出場(二塁手65試合、中堅手88試合)9本塁打、51打点、18盗塁、打率.262

2003年。1月に「第6回ドラフト会議」で4名が入団。チーム人数は過去最高となり、新人を多用したこともあり、一時期、出場機会が激減した。

2003年成績:101試合出場、10本塁打、46打点、13盗塁、打率.255

2004年。
安倍の退団後、再びセンターで起用される機会が増えていった。
その矢先。
5月。翌年2005年春に、モーニング娘。現役を引退することが発表された。
この反響は大きく、石川のセンターフィルダーとしての必要性が、あらためて再認識されることになる。
「卒業」効果は思いのほか大きく、この年は、打率以外のほとんどの部門で、過去最高の成績を残した。

2004年成績:132試合出場、25本塁打、78打点、25盗塁、打率.338

そして、2005年。
外野手として藤本・高橋・吉澤が台頭したため、石川は入団当初の三塁のポジションに戻り、初心に返ってプレーをする。
不動の核弾頭・矢口の途中退団により、「1番・サード」での出場が続いている。
5月7日の「引退試合」は、もう、すぐそこに。
引退後は、美勇伝のセンターとして再出発する。

2005年成績(4月30日現在):30試合出場、10本塁打、19打点、10盗塁、打率.375(現在首位打者

5年間を振り返って

「4番・センター=石川梨華」という感じでまとめてみたかったのですが、よくよく振り返ると、梨華ちゃんは今まで、さまざまなポジション、打順を任されていた、そんな気がします。

  • 守備位置
    • 三塁:入団当初、そして現在。
      • 入団当初は、とにかく無我夢中でやっていた。今は、いい意味で攻撃的になっている。
    • 中堅:2001年以降。
      • カントリー娘。での経験が、才能を開花させるきっかけになったのは、間違いないでしょう。
    • 二塁:2002年以降。
      • 人数が増え、他のメンバーがセンターを守る機会が増えたから。しかし一方で、守備のセンターラインに石川梨華は欠かせない存在であった。
    • 遊撃:2003年以降。
      • ROMANSを経験したことで、さらに守備範囲が広くなった。
  • 打順
    • 8番:入団当初
    • 4番:2001年以降
    • 3番、5番:2002年以降
      • 人数が増え、クリーンアップ候補が多くなったから。しかし石川梨華はクリーンアップからは外すことができなかった。
    • 1番:現在

決してすべてのポジションを経験しているわけではありません。2000年、モーニング娘。に入ってからしばらくは、決して目立たず、それでいて無我夢中にやっていた、それがあの頃の石川梨華だった。しかし、2001年のカントリー娘。に合流して以降、つねに「打線のクリーンアップ」「守備のセンターライン」から、外れることはなかったんじゃないか、たとえセンターをとっていないときであっても、石川梨華の存在は重要であり、とても大きかったと思う。ラストシングルでは、再び目立たないポジションに戻ることになった。また、存在感がずば抜けていた矢口さんが抜けても、遜色ないパフォーマンスを魅せることができているのは、石川梨華の存在がものすごく大きいのだろう。決してセンターはとらなくても、どんなに布陣が変わっても、最後の最後まで、石川梨華は、つねにモーニング娘。の核となる人物だった。そう捉えることができるでしょう。
自分は、石川梨華のそんなところに惹かれているのです。どんなに周りの状況が変わろうとも、誰と一緒にやることになっても、自分が置かれた立場に応じて、どんな働きもこなすことができる。それでいて、「石川梨華」は「石川梨華」であり続ける。いつでも、どこでも、どんなときでも、自分なりに、自分らしく、輝くことができる。
だから、梨華ちゃんは、卒業しても大丈夫。





さて、続きましては。同じく梨華推しのid:t-fc8さん、私と同じ関西地区在住で長い付き合いのid:hokkoさんに、バトンをお渡ししま〜す。

*1:無理矢理です