「アイドル時代」

一週間ほど前の、中嶋ミチヨさんのブログより。
http://ameblo.jp/michiyo3636/entry-10018245422.html
これを読んで、すごくドキッとしました。
1991年当時、まさに自分はミチヨさんを追いかけていたからです。
遠征とまではいきませんが、当時、自分が住んでいた地域の、ミチヨさんが参加したイベントには、
ほとんど欠かさず参加しました。
少なくとも、デビュー年の1991年は、新曲キャンペーンをはじめとして、
博多どんたく、広島フラワーフェスティバル、24時間テレビ(福岡)・・・・・
多分、地元近辺はほとんど行ったと思います。
握手をしたこともあります。声をかけて「ありがとうございます」と返してもらったこともあります。



ミチヨさんが仰るとおり、「たくさんお金をつかった」ことは事実です。
遠征組の人たちは、もっとお金がかかったかも知れない。
とにかく、それだけみんな、ミチヨさんに夢中だったということ。
ミチヨさんも若かったけど、自分も若かった。
今になって「若気の至り」という言葉の意味を、噛み締めているところです。



一方で自分たちは、当時、ミチヨさんの心情を、考えてもいなかったと思います。
「忙しい」
この一言では片付けられないほど・・・・・
「恐い」
そんな気持ちで、いっぱいだったんですね。
“自分一人のために、たくさんの人たちが周りで動いてくれている”
それは、いわゆる大人の、スタッフの人たちだけでなくて。
ミチヨさんを追いかけているファンの人たちも、いっぱい動いているわけで。
“恐い”思いをさせてしまったのは、他ならない、自分たちファンなのかも知れない。



ミチヨさんも書いていた通り、当時は「アイドル冬の時代」でした。
そんな時代にもかかわらず、彼女を追いかけている人たちは、それだけ「熱心」だったということ。
って、自分もその一人なわけですが・・・・・
もう二度と、あんな時代は訪れないでしょうね。
そして、当時の熱心さは、今の自分にはもうありません。
永遠に取り戻せない“宝物”。あの時代に、置き去りにしてしまいました。



あれから15年が経過した今。
自分は幸せに、元気に生活しています。
この自分のブログでは、私生活のことはあまり書いてませんが。
年相応の幸せな人生を、自分なりに過ごしています。



そのことを、今のミチヨさんに、一番伝えたいですね。
「今、自分は、幸せに生きているよ」って。
「元気だよ」
って・・・・・ね。



何より、15年が経過した今も、
ミチヨさんは、あの頃の自分たちファンのことを気にかけてくれていた。
そのことが、自分はとても嬉しかったです。